ジャカードのソフト屋さん

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I社のこと 4

私は、独立する前はほとんどパソコンをいじったことがない、仕事的にも織物にかかわったことがない人間でしたので、一週間の講習で身につくはずもなく、その後は、お客様から怒られ(教えていただき)ながら少しづつ、パソコンのこと、ソフトのこと、織物のこと、業界のこと(←ココ一番大事)を覚えていきました。

その当時、I社のソフトはDosだったかWindows3.1だったかで動いていました。新たにWindows95のソフトが開発中でした。

さて、I社の優れていた点を一つ。それまでDosの世界では、アプリケーションソフトがパソコンを支配していました。Windowsになると、Windowsがパソコンを支配することになり、アプリケーションソフトはWindowsから呼び出されることになりました。その結果、複数のアプリケーションソフトが同時に動作できるようになりました。Dosの環境では、アプリケーションソフトは万能の性能が要求されます。スキャナーを駆動し、スキャンデータを取り込み、色まとめをおこない、画像を作成・編集し、プリンターを駆動しプリントアウトをし…。昔のソフトはすべてをカバーできなければならなかった。Windowsになると、これらの作業を複数のソフトが分業できるようになった。スキャンとかプリントアウトとかはWindowsに任せることができるようになった。

当時ぽつぽつと出現しつつあったWindowsソフトと称するものは、Dosの考え方を引きずっており、すべての作業が一つのソフトでできるというのが基本だったように思う。

I社の場合、さらに一歩進めて、色分解するソフト、画像編集するソフト、織・編の風合いを表現する(シミュレーションともいえるかも)ソフト、いろいろな配色を作成するソフト…というように、複数の独立したソフトにし、お客様が必要とするソフトのみを購入する方式にしました。それまで300万円、400万円で販売されていたソフトが、20万・30万から購入できるソフト群になりました。

1997年、アジアの繊維産業の中心は大阪でした。大阪で繊維機械展(OTEMAS)が開かれ、I社も上述の新しいコンセプトのソフトのお披露目を行いました。来場者にも大いに関心を持ってもらい大盛況でした。ただ残念ながら、私の力不足もあり、日本のお客様に大量に売れるということはありませんでした(韓国、台湾、インドネシアなどアジアの各国にはかなり販売できたようです)。その時、島精機の営業、技術の方が大勢見学にいらっしゃいました。それもチラ見とかではなく、ちゃんと名刺を出して、自己紹介をして、「見学させてください」と挨拶をして見学されました。「さすがは世界企業」と妙に感心したものです。

いずれにしても、Windowsの特性を活用した当時としては先進的な試みであったと思います。島精機さんは、確か、当時はまだ「専用機」を使ってらっしゃったような気がします。当時島精機さんのユーザーさんに聞いてみると、「織物(実物)をスキャンして、経糸・緯糸の色を実際の色から変更して多くの配色を作成・提案できる」という機能に魅力を感じていらっしゃるユーザーさんが多かった(今でも、その機能を使いたいために島精機のソフトを購入したというお客さんは結構多いように思う)。実は、I社の Easy Jacquard というソフトはその機能に特化したソフトで、30万円くらいで購入できたのですが…
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ジャカードデータ作成

今回はジャカードのデータ作成について。

ジャカードって、緯糸を挿入するときに、どの経糸を上にし、どの経糸を下にするかということを制御する機械ですから、要するに、OnかOffか1ビットの世界です。「ジャカードのデータを作成する」っていうことは、難しそうに聞こえて、実はs白黒2色の絵を描くことと等価です。したがって、2色の絵が描けるソフトであれば、どんなソフトでもできることです。たとえば、Windowsに標準でついてくる「ペイント」でも、ジャカードデータを作ることは可能です。

ですが、それは、単に「物理的にはできる」ということです。実際問題、「ペイント」では売れる商品を開発することは不可能でしょう。(笑)

ジャカードという機械が200年余前にフランス発明されて以来、ヨーロッパを中心に多種多様なジャカード織物が工夫され、それぞれの織物に適したデータ作成の作法が編み出されました。「作法」というのは、要するに、どうすれば、少ない労力で、しかも、魅力ある織物を設計できるかというノウハウの積み重ねと、そのノウハウに従って織物設計をする「手順」みたいなもの…。それに則って開発されたソフトを使えば、より簡単に、より生産性の高い方法で、より魅力的なデザインを開発することができるでしょう。

まあ、それはどんな分野でも当たり前で、「プリント」にはプリントの作法があり、「編み物」には編み物の作法があるでしょう。門外漢には想像もつかないような「作法」があるのではないでしょうか?

それぞれの分野のソフトはそれぞれの作法に則って開発されています。「何でもできる」魔法のソフト(ジャカードもできる、プリントもできる、ニットもできる…)があればそれはとても便利なのでしょうが、結構ハードルが高いのではないでしょうか?私は…、今まで見たことがないですね。

さて、20年くらい前にも「ジャカード織物もできますよ」という触れ込みでソフトを販売していたメーカーさんがありました。でも、15年くらい前でしたかね、それを信じて購入したお客様が、何社かウチに駆け込んで来られました。「そのメーカーが一方的にジャカード織物のサポートをやめてしまって、困った」と。そのお陰でウチのソフトをご購入いただけたので、まあ、ウチとしてはよかったのですが…。

最近、同じメーカーさんが、再び、「ジャカード織物もできますよ」と言ってらっしゃるようですが…。

I 社のこと 3

当時、ジャカード、ドビーなどの織物ソフトを開発しているメーカーで、世界的な展示会の常連といえば、フランスの I 社、オランダの N 社、ベルギーの S 社、ドイツの E 社…、こんなところかな?当時、S 社、E 社はユニックスで製品を開発し、N 社、I 社はDos で開発し、 Windows に移行中でした。私の中ではこの4社が「世界メーカー」でした。

I 社はソルボンヌ大学出身の3人の技術者が設立した会社で、パリに本社がありました。私が参加した当時は、3人の内1人(社長)がアメリカのマーケットを開拓するため、アメリカ(ニューヨーク)の事務所に常駐していました。私はパリの本社を訪ねて、本社に常駐していた副社長と交渉して(当時、私は、彼が社長だと思っていました)、無事、I 社の日本代理店に指名されました。その時の条件は、年間数百万(数字は忘れました)を売るように、という、とても緩やかな条件で、日本の独占代理店にしてくれました。ソフト2台分無償で貸してくれ、別途、専用グラフィックボードが必要(DOSで動いていたので)なので、それは数十万円の費用を徴収されました。1996年のことです。

一週間ほど、パリで講習を受け、その足でオランダに寄って、前の会社で多少お付き合いのあった N 社(総合商社が日本代理店をしていました)に挨拶をして、日本に帰国しました。世界の4大メーカーの一角である I 社の日本代理店…。一週間の講習で、自分自身IT技術者の端くれになったと思っていました。

その後、厳しい現実に直面します。

乳製品たち

以前の続きです。

http://texcad.blog.fc2.com/blog-entry-25.html
http://texcad.blog.fc2.com/blog-entry-26.html

乳製品3

このスーパーでは、daily food(日常食品?)となっていますが、「乳製品」のシッポを残しているようですが…。陳列してあるものは、牛乳、ジュース類、コーヒー系…、要するに「飲料コーナー」ですね。「乳製品」かと問われると…、ヨーグルトはありますが、(この画像の範囲では)バター、チーズ類は確認できません。

水餃子

今週、大連に行ってきました。もちろん仕事ですが…

今日のテーマは、水餃(スイチャオ)、いわゆる水餃子です。

水餃

名物料理ということで、お客さんに招待されて食べにいきました。それまで餃子と言えば焼き餃子しか食べたことがなかったので、「水餃子」というと、名前の通りワンタンみたいな具がスープに浮いているのかと思っていました。初めて食べた現物は、茹でて皿に盛ったもの…、粘着性で、互いにべったりとくっつきあっています。味の方は、具の種類がいろいろ選らべるし、それなりにおいしかったかな…?でも、私的には、カリッと焼いた焼き餃子に一票です。

で、思い出したのが、中国語の「水餃」という言葉。夏の盛り、海やプールでは水浴客がごった返す様子を「水餃のようだ」と表現しているのを、中国の新聞で読んだことがあります。日本語なら、さしずめ、「芋の子を洗うようだ」と表現するでしょう。「水餃のようだ」とは、さすが、水餃の本場中国だと納得していたのですが…。

その時点では、不覚にも、水餃子とはワンタンの大きい版みたいなものがスープに浮かんでいる、そんなイメージでした。プールに人が一杯で、遊泳するのも困難なくらい混雑している…。でもそれくらいなら、日本にもそれくらいの混雑はあるよね、と…。

遅まきながら、今回、実物の水餃子を見て、実際のプールの混雑振りが初めて理解できました。人と人とがべっとりとくっつきあっているんですね、もはやスープは無い(笑)?さすが中国…。あと、浮き輪の効用が理解できました(水没防止ではなく、自分の周り数10センチの領海確保…?)ね。

プール




I 社のこと 2

織物の設計をコンピュータで設計するというアイデアは1980年前後、世界各地で同時発生的に始まりました。その頃、ようやくコンピューターというものが、性能面・価格面でそのような用途で使えるようになってきたということでしょう。といっても、そのような用途に使えるコンピューターが「既製品」としてあったわけではないので、自分でハードを製作したり、汎用ハードに自作の部品を組み込んだり、要するにハードにまで踏み込んだ開発が必要でした。

私が独立しようとした頃は、主流はUnix、一部でDos、水面下でWindows 95用の開発がスタートしていた頃でした。

日本でもジャカード織物の分野では、K社、R社、T社などが開発して販売していました。K社が Unix、T 社が NEC の DOS、R 社が Windows 3.1で開発していました。

私がフランスのI社に乗り込んだ当時(1996年)は、Windows 95 が出たばかりの頃であり、汎用的な Windows 機で(あるいは、Macで)ソフト開発している例は少なかった。前回も言った通り、開発者はもちろんですが、ユーザーも半ば「コンピュータ技術者」という雰囲気をもっていました。その中で、I 社は、普通のテキスタイルデザイナー、ファッションデザイナーをターゲットにユーザーに使いやすいシステムを目指していました。それが、前年(1995年)のミラノの展示会で、「ブースに若い女性ばかりが集まっている」という結果に繋がっていたのだと思います。

私は、それまで勤めていた会社では、この分野の仕事はほとんどしたことがなく、ソフトのこともハードのことも、また、マーケットのことも何もかも分からない状態(自分自身では、「多少知っている」と思っていたのですが、それが全く根拠のないものであることがすぐに判明しました)で、いきなり、FAX(私はまだメールはしていなかった)でアポイントをとって乗り込みました。

I社のこと

私が始めてこの業界に入ったのは、1996年、もう20年前のことになります。フランスのI社の代理店として、I 社のソフトを日本で販売することになりました。

なぜ、I 社か?

その当時織物用ソフトのメーカーは世界で、文字通り、ゴマンとありました。1995年にミラノで開かれた ITMA(繊維機械ショー)でも何十社というソフトメーカーが出展していました。そのうち、10何社の織物用ソフトの専業メーカーが一箇所に集まってブースを出店していたのですが…。その中で異彩を放ったブースがありました。フランスの I 社のブースでした。織物のソフトというのは、織物の「機械」を動かす機械なので、基本的に、男の世界です。それも、当時は「技術的な理屈」で成り立つ世界でしたので、「技術者」というか「ガッテン系」の人間が多かった。その中で、I 社は、エレガントに着飾った若い女性が多かった。主催者側の人間もそうですし、ブースに訪れた客側の人間も、若い女性が多かった。「溝鼠(ドブネズミ)」ルックの男の海の中で、そこだけ、華やかな女の島を形成しておりました。(当時の織物ソフトというのは、今と違って、まだ、「コンピュータ技術者」の世界でした。)

翌年(1996年)私が、勤めていた会社を退職するにあたり、私は、海外の進んだ織物ソフトを日本に紹介、販売しようとしました。私の中で選択肢は2つ、フランスの I 社と、以前述べたオランダの N 社です。

http://texcad.blog.fc2.com/blog-entry-13.html

N 社はいいソフト(特にカーペット関係は)を作っていたのですが、それまで勤めていた会社とも繋がりがあるし、何よりも、総合商社である I 社が日本の代理店をしていました。そこで、消去法で、I 社の代理店になるべく、私は単身パリに乗り込みました。

日本で進化した英語 - 2

前回の続きです。

先日同じ系列スーパーで、近所の店に行ってきました。

chilled.jpg


ここでは「chilled」となっていました。同じ商品構成の同じコーナーのようです。「chilled」、冷蔵品ってことですかね?Wikipediaによると、スライスミートやパイが最初で、その後、ドレッシング、ソース類、TV Dinner(冷蔵弁当?:当時のテレビが、左側が画面、右側がスピーカーになっていて、トレーにメインと付け合せを配した形がテレビに類似していたことから名づけられたらしい)、ピザや、パイ、キッシュ、パスタ、野菜・果実の加工食品、最近では、パン類、寿司まで広がっているようです。

http://en.wikipedia.org/wiki/Chilled_food
画像はTV Dinner(Wikipediaより)

tvdinner.jpg


でもこのスーパーのChilledコーナーは牛乳パック(ジュース類も含む?)やチーズの絵も描いてあるし、「乳製品」から進化(?)した名残り(尾てい骨)が残っていますね…。

必ずしも「Daily Food」という「和製英語?」が天下統一した訳でもないようで…。

日本で進化した英語

近所のスーパーです。「Fresh Meat」、「Sea Food」などと並んで「Daily Food」というコーナーがあります。このには牛乳、チーズやら、ジュースやらが並んでいます。

dailyfood.jpg

本来の英語で言えば、「Dairy Food」(乳製品)であったと思います。日本人お得意の「L」と「R」の取り違えで、「Daily Food」(日常食品?)となりました。確か10年、20年前には、正しく「R」で表示していた店もかなりあったのですが、最近では見かけなくなりました。ほとんどの店が「L」と表示しています。ここ数年、私は「R」と表記している店を知りません。

というか、最近では、「Daily Food」(日常食品?)という意味にひっぱられたのか、弁当やら惣菜やらを置いているスーパーが増えているように思います。最初は「L」と「R」を間違った「誤用」だったのでしょうが、今では新しい概念(日常食品コーナー)として定着しているようです。日本人の感性にぴったりフィットしたのでしょうか、これは「進化」と呼ぶべきでしょう?

その証拠に、近所にイタリア語で表記するスーパー(別のスーパーです)がありました(最近閉店しました)。そこでは、イタリア語で「Alimento Quotidiano」(日常の食品)と表記されたコーナーがありました(複数形で「Alimenti Quotidiani」だったかな?)。置いているものは牛乳、チーズ、バターなどの乳製品+ジュース類+惣菜などなどでした。

ということで、「Daily Food」のコーナーはますます、弁当・惣菜に占拠されるでしょうね。そうすると、いずれ「乳製品」の居場所が無くなって、本来の「Dairy Food」コーナーが新設されることもあるかも知れないなぁ。

おい、東京の大学!

私は実社会に出てから学歴に関係のない世界に生きているので、出身大学がどうのこうの、と意識したことはあまりありません。でも、青春時代を過ごした学校ですから、愛着があるのも事実です。郷土愛みたいなものかな?

私は地方の国立大学を出ました。その地方では、一応、名のある大学です。(もちろん、私はその中の劣等性で、お情けで卒業できたみたいな学生です。)

で、東京人と話をすると、「東大」はもちろんですが、「早稲田」「慶応」「上智」…と出てきて、母校である地方大学はその下に見られているような気がします。東京人の意識はこんなもんでしょう。

で、今回の理化学研究所、小保方さんのSTAP細胞騒動(?)。ノーベル賞級の大発見ということで、しかもうら若い女性のユニットリーダーが発見者ということで、大きな話題を提供しました。その後に続く、論文不正(画像の使い回し、無断引用)疑惑…。まだ決着が着いたわけではありません。私は、論文の疑惑とは別に、小保方さんが発見したSTAP細胞が事実であることを心から願っています。

でも、一つだけはっきりしたことがあります。某大学の博士号って、コピペだらけの論文で取得できる、ということです。東京の大学って、それ自身がブランド価値を持っている(特に、東京人の意識の中で)ようですが、実態はそんなもの…?妙に安心しました。(もちろん、それじゃいけないのですが…)

ちなみに、私の母校では、ほんまもんのノーベル賞受賞者を何人か輩出しています。

夢のよう…

まだ正式に発表されていないのですが…、コッソリと。

弊社の「お絵描き」が近い将来全面リニューアルの予定です。

フォトショップってご存知ですよね、レイヤーをいっぱい重ねて絵を描けるやつ。背景A,背景B、モチーフA、モチーフB…を別々のレイヤーに描いて、必要なレイヤーを重ねて、デザインを完成することができ、使い勝手がいいですよね?

弊社の新パージョンは、もっともっと強力です(予定)!

第一に、イラストレーターのようにベクトルで描画できます。しかもそれを独立のレイヤーにでき、必要なときだけ重ねることができます。

各レイヤーは独立して、拡大・縮小したり、回転したり、原点を変えたりできます。デザインの修正、バリエーションの作成が格段に楽になりますね。

国内の競合他社さんは追随できるのかな?

大阪弁(南河内)

うちの嫁はんは南河内の羽曳野出身です。名前はコンドーですが、「近藤」ではなく金属の金と銅と書きます。先祖は大陸から渡ってきた渡来人らしい。梅酒のチョーヤの社長とは遠い親戚ということです。今、まわりの山はぶどう畑に変わり、河内ワインの産地になっています。

私は滋賀県出身です。「イトはん」、とか「コイはん」とかは大阪商人のドラマで聞いて知っていた。「船場」言葉と思っていた。最近知ったことですが、南河内でもそんな言葉が使われていて、嫁はんもちいちゃい頃は近所の人からは「イトはん」、その妹は「コイちゃん」と呼ばれていたらしい。(3人姉妹のときは、真ん中は「ナカンちゃん」、これはネットの知識です)はんなりしていい言葉ですね。

子供を育てる→「オッキする」、修理する→「ヨーする」、年長→「オッキい」、年少→「チッチャい」、きっかけ→「キッショ(吉祥?)」、急いで→「ヒキッて(日切って?)」、餅→「アモ」、不味い(味が)→「もみない」、持つ(持ち上げる、持ち運ぶ)→「さげる(下げる)」、掃除する→「ウツクシする」、鯛→「おタイさん」、根本(コンポン)→「コンモト」。

重た~い酒樽を二人で担いでいた。一人は河内もん、もう一人は京都人。蓋が開いていたさかい、息ぃ合わして、平らにして運ばなあかん。相方の方がちょっと低ぅなってるのを見た河内もん、息ぃ切らしながら、「おーい、そっちの方もうちょっとさげてぇな」ゆうたら、京都人は「下げて」しもうて、酒がこぼれてしもうた。河内もんは、「さげる=持ち上げる」ゆう意味やったらしい。

あと関西弁全体の特徴ですが、1文字(1音節)の単語は長く伸ばしますね。血→「ちぃ」、毛→「けぇ」、手→「てぇ」、目→「めぇ」、歯→「はぁ」、胃→「いぃ」などです。発音を長ごうした代わりに、その後の助詞を省く傾向が強いような気がします。目が回る→「めぇまわる」、歯を抜く→「はぁぬく」、手を出す→「てぇだす」。NHKのごちそうさんでは、近藤正臣が、関西弁、一番板についてますね。

東京オリンピック

東京オリンピック決まりましたね。関係者の皆様、お疲れ様でした。

私自身は、それほど賛成じゃないんですよね。

どうせ日本でやるなら、名古屋、大阪はしくじったけれど、福岡とか広島にやらせればいいんじゃないの、って思います。これからオリンピック向けに、東京に公共投資が集中するのでしょう?なんで、何もかも、東京に集中させるのか?私には理解できません。確かに一極に集中させれば、目先、効率的でしょうが、非常に偏った、脆弱な日本になると思うのですが…

関西人の僻みでした。

お買い上げありがとうございます

織物シミュレーションをお買い上げいただきました。ありがとうございます。

織物の試作を減らしたい、コストも大きいが、時間短縮の意味もあり、シミュレーションでお客様に提案したい。こういう要望が非常に強いです。最近、いろいろな織物屋さんから問い合わせを受けます。これは、おそらく島精機さんがそういうコンセプトを強力に推し進めていらっしゃるお陰だと思います。そういう意味では、弊社は島精機さんの「おこぼれ」を頂戴している「小判鮫」みたいなものでしょうか(笑)。

でも、世界的に見て、織物業界の構造がその方向に向かっているのでしょう。弊社が販売しているドイツのEAT社はこの分野で最も先進的な試みを実践していると自負しています。実際の織物のように、織物シミュレーションを3次元環境で表現できます。

http://www.visionjp.co.jp/orimono.html

私の知る限り、一般に販売しているソフトとしては、今のところ、EAT社だけです。島精機さんのSDS-ONE APEXも、今のところ、「マッピング」みたいですし…

さて、今回お買い上げいただいたお客様、今まで取引先が所有している島精機のSDS-ONE APEXを使わせてもらっていたが、経糸と緯糸に同じ糸を使用したとき、シミュレーションができない、そのため、不本意ながら、経・緯の色を若干変えてシミュレーションを作成していたとのこと。その点、弊社のシミュレーションを見ていただき、「シマさんのとは違うね」とご納得いただきました。その他、国内外の競合社のソフトとシミュレーションの仕上がりを比較いただき、「一番いいね」とご評価をいただきました。

お買い上げありがとうございます。

歴史学者の良心

韓国が「慰安婦(性奴隷)」問題を捏造して世界中にデマを流しています。「20万人の韓国女性が従軍慰安婦として強制連行され、そのうち2/3が命を落とした」と。

今月、興味深い報道がありました。

http://mainichi.jp/select/news/20130807k0000m040125000c.html

8月7日付け毎日新聞によれば、当時慰安所で働いていた朝鮮人男性の日記を安秉直(アンビョンジク)ソウル大名誉教授が10年前に発見した。この日記は、朝鮮語、日本語、漢字で書かれてあり、安教授が解読を進めていた。この日記に基づき、安教授は「軍や警察による強制連行はなかった」という見解を示した。

http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2013/08/08/0200000000AJP20130808002400882.HTML

翌日(8月8日)の連合ニュース(韓国の通信社)は、韓国史研究所の朴漢竜(パク・ハンヨン)研究教授が、同じ日記を引いて、「軍が絶対的な人事・命令権を持ち慰安婦に直接命令を下し、管理していたことを示すものだ」と指摘したと書いた。

同じ内容の日記を、全く正反対に解釈するのもヘンだけど、

安秉直教授が10年前に発見し、10年かけて解読した日記を、高麗大学の韓国史研究所の朴漢竜(パク・ハンヨン)研究教授が、さも自分が発見したかのように発表しているのは納得できない。それを、マスコミが無批判に報道する姿勢(記事中、本来の発見者である安秉直教授の名前が一切出てこない)も問題がありそうですね。

一部(大多数?)の学者やマスコミが、事実に基づく探求ではなく、政治的意図によるプロパガンダをしている韓国の実情が垣間見えますね。
プロフィール

誇大

Author:誇大
こんにちは、誇大です。織物用の設計ソフトを販売しています。次世代の織物(炭素繊維・アラミド繊維【ケブラー】、ガラス繊維使用の3次元織物、くもの糸も有望かも)用ソフトもあります。
日本の織物業界のお役に立てれば…と思っています。
私の妄想にお付き合いお願いします。

時間があったら、うちのホームページもよろしく。
http://www.visionjp.co.jp

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